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2015-04

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おしゃべり広場のゲーム 概案 - 2015.04.28 Tue

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おしゃべり広場にいる子供たちに夢を与えるためにゲームをつくることにしました

マジレスばっかりする僕に嫌気が差した広場のキッズたちは僕を追い出そうと決意します
でも僕のマジレスにキッズたちは歯が立たず僕の前にひれ伏すことになります

そんな広場をみてキレたぺぷしぼぉいは打倒呪毛無を胸に帝都を目指しました
しかし彼さえも呪毛無の非情なロジックの前に倒れてしまいます

彼は敗北しましたが伝説となって今でも生きています
そんな彼の伝説を仰ぐ一人の広場民がいました。その名前は・・・

今日から制作を開始します。完成は1年か数か月後です。
こうしたら面白いっていう案があればコメントください。反映するかもしれません。
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賭博 - 2015.04.25 Sat

キャプチャ11

人生はギャンブルだと思う。上がるやつもいれば下がるやつもいる。
その浮き沈みは不動でない。栄華はいずれ衰退し、衰退が新たな栄華をもたらす。
そんな因果に流されて僕らは生きているが、それほど嘆くことではない。
むしろ結果がわからないところに人生の面白味がある。ギャンブルとは本来そういうものだ。

僕は単純なゲームを企画した。くじ引きゲームである。ルールは以下の通り。
◆運営は参加者から一定額の掛け金を平等に徴収する 
◆参加者は0~9の数のうち 好きな番号を選ぶ
◆運営はメイプルキノコを攻撃し、そのダメージの下1桁を当選番号とする
◆賞金は一人当たりの掛け金の倍数で決まる
◆1等は3倍で数は1つ  2等は2倍で数は2つ
◆参加費を1mとした場合、期待値は(0*7)/10+(2*2)/10+(3*1)/10=7/10 ・・・700k

これが結構おもしろい。期待値をゲームという形で実践に運用するのは新鮮だ。
僕にとって数学は机上の論理だったからこんな形で可視化されると結構楽しかったりする。
また参加者3人も結構面白がってくれて、儲けだけに依らない楽しいギャンブルができたとおもう。
僕はこんな感じでギャンブルやゲームを運営するのが好きだ。


12キャプチャ

先日人生はゲームだという記事を書いたけれど、僕は日ごろからそう思っている。
メイプルストーリーで僕はくじ引ゲームのほかに、コイントスギャンブルやクイズゲームをやったりする。
汝は人狼なりや なんていう心理戦ゲームもよく開いている。
どれにもいえることだが、ゲームを通して楽しみを共有したいという願いが根底にある。

何が一番幸せな時かと問われたとき、たぶん僕はゲームをしているときだろうと答える。
それは引きこもり気質のネガティブな感情からではなく、今を楽しもうとするポジティブな感情からの答えだ。
僕が人生を肯定的に受け入れられるというのは、最近まで考えられなかったことだ。
これはたぶん僕が成長したということだろう。

大学付近の宝くじ購買店で爺さんが宝くじを買っていた。くじに夢を抱いていたのだろう。
僕も大人げなく当たる気がしたのでスクラッチを買った。
結果は200円。200円で1枚買ったから±0。悪くはないけど少し残念だ。
だけどくじを買うまでのこのドキドキ感は、人生の最期までずっととっておきたい。


人生はゲームだ - 2015.04.17 Fri

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人生はゲームだ。これは僕自身がずっと思ってきたことだ。そしてこれからもこの考えは変わらないだろう。
僕にとって人生は"遊び"の一つだった。仕事も人付き合いも勉強もすべてそう。僕にとってはすべてがゲームだった。
僕はゲームを楽しもうとした。雑多なタスクはサブクエスト。メインクエストは僕の人生の意味を見つける作業だった。
ゲームの主人公は僕。僕の行動次第で世界は変わる。もちろん、ゲームオーバーにならなかったらの話だけど。

僕は難しいゲームを遊んでしまった。友達をあまり作らないという道だ。だがこれは僕なりの我流だった。
僕はロールプレイングが好きだ。僕らしい役割、ゲームの役割を担いたかった。だから僕は一人の道を選んだ。
僕はたぶん異質な人間になった。だけど僕は実績という裏付けを得て、僕の役割が機能していることを確信した。
僕は孤独な思想家。或いは一人の狂人。独自の視点から世界を捉え誰かに何かを与えるという役割だ。

そんな感じで僕はつまらない思想をここで呟いている。この物語は滑稽かもしれないけれど、僕にとっては意味がある。
多くの人が人生をゲームなんて思っていないことは百も承知だ。だから僕は敢えて人生はゲームだと言う。
僕の物語は"比喩"という枠組みを通して捉えると分かりやすいかもしれない。
僕の"比喩"は現実をきれいに描き出している。人生はゲームだとする僕の考えはけっこう現実的なものだ。

僕が主人公であるということは、どんな困難に直面しても僕が人生を肯定的に歩まざるを得ない誓約を伴っている。
なぜそうなるかというと、それは僕自身が人生を楽しもうとしているからだ。
そうやって僕自身や僕自身の人生を肯定しようとすることは、僕自身の確固とした基盤となる。
つまり僕に与えられたロールは僕のプレイングに依っているのだというアイデンティティの一致を実感できる。

ゲームの本質は娯楽、つまり楽しむことだ。僕は大半にとってつまらない"仕事"でさえゲームを見出している。
生きる意味を探すことが僕のメインテーマだけど、こうした哲学的なことはなかなかゲームのイメージがつかない。
けれどタスクを処理することは僕にとってゲームのイメージを安易に付与しやすい。
ミッションを達成した快感はゲーマーなら誰でも知っている。たぶん仕事とはもともと喜びであるはずだ。

人間関係もゲーマーによっては「つまらない」とか「できない」とかいうかもしれないけれど、僕にとってはやはりゲームだ。
人間関係は戦略ゲームに近いかもしれない。情報を僕がどれだけ引き出せて、どれだけ相手に影響が与えられるか。
時には対戦したり、時にはサンドボックスゲームみたいに何かを一緒に構築したり、感動を共有したりする。
相手も何らかのロールをプレーしてくれるから、僕も相手もお互いがお互いを認め合う。こんなのが理想だ。

当然これらのゲームにスコアはない。金をスコアと見立てる人がいるかもしれないけれど、僕にとってはスコアじゃない。
僕の足りない頭だと、思想の深さをどうしてもスコアとして数値化できない。まぁスコアは人それぞれということ。
僕は実際のゲームに籠って自分をゲーム機に押し込めている人間に外の世界を見せてあげたい。
だって人生はゲームで、箱の中身と何にもかわらないから。

人生はゲームより少し複雑なだけだ。複雑だからってゲームで遊ばないのは良いゲーマーではない。
ルールは複雑だけど遊び方は自由だ。ゲームをどうプレーしてもかまわない。
僕にとっては戦略ゲームでも、誰かにとっては格闘ゲームだし、誰かにとっては恋愛シミュレーションゲームだ。
みんながみんなのロールを持っている。それをどうプレーするかは本人次第だし、それだから楽しかったりする。

困難なことは当然ある。イライラ棒みたいにイライラして投げ出したくなることもある。
ただ僕らはこのゲームから逃れられない。人は死ぬ直前まで生きようとする。それは頭でなく体がそう言っているのだ。
幸いなことに、このゲームの自由度はゲーム機以上だ。ルールがあるにしてもいろんな発想を許してくれる。
だから自分のイメージ次第で、今までの人類が思いつかなかった活路を見出すこともできる。それが面白い。

困難なことだって結局は打開できる可能性はある。そう思うと前向きに生きられる。
そうして僕は人生をゲームとして楽しもうとしている。
とにかくすべてが楽しいから僕は生きている。かつてニヒルだった僕はそう思うようにした。
すべてを楽しもうとする試みは、ぼくに生きる希望を与えてくれている。



ぼくの人生 - 2015.04.11 Sat

キャプチャaaa

呪毛無として活動していると、メイプルの人から"あ、おしゃべり広場の人だ!"ってよく言われます。
僕がブログの代わりにおしゃべり広場で長文を垂れ流すので、迷惑野郎として悪名高くなりました。
自分じゃマイナーなキャラ演じていたけれど、けっこう有名だったんだな・・・

そんな前置きから記事を執筆したというのも、
リアルの方で身の回りについての認識が変わったことについて書こうと思ったからです。
今までの自分の記事を読んでみて、
推測とか、自分の都合の良い結果に合わせようと躍起になっていた感を覚えます。
奇術を弄するというか。まぁスタートとゴールのつじつま合わせばっかしていました。
やっぱりそんなつじつま合わせが現実でうまくいくわけなくて、
結局推論ゲームを楽しんでただけだったんですね。

キャプチャaada

さて、そんな私の何が変わったかというと、一言でいえば"結果についても目を開くようになった"ということ。
僕は失敗します。僕は人を傷つけます。僕は無意識に誰かに対して影響を与えています。それはすべて結果。
結果なのだから、受け入れるしかない。そう考えるようになりました。
推論ゲームで遊んでいたころ、僕は結果がどうしても受けれられなくて。
だからつじつまを合わせようと涙ぐましい努力をしていたんですね。とても可哀想で見るのが耐えられない。

僕が変わった契機というのは、たぶん一度大きな失敗をしたことです。
察しのいい人間ならわかるとおもいますが、実は僕、一回浪人しています。
浪人っていう結果は変わることがない。これはつじつま合わせでどうこうできる問題じゃないんですね。
だから僕はまず、この結果を受け入れた。そして、そこからどう頑張るかを考えました。

で、3月にここに戻ってきたのは、第一志望の大学に晴れて合格したからです。
結果を受け入れる姿勢っていうのを確立して、ぼくが失敗を受け入れられるようになってから、
こうすりゃいい、ああすりゃいい、こう思えばよいのではないかって口だけで何とかするのをやめました。
ぼくは口だけでなんとかできるほど強くないし、実行力がないから意味ないんです。

キャプチャdada

結果を受け入れるっていう単純なことが、僕の人生を変えてくれました。
まず失敗が怖くなくなりました。次に生かそうってポジティブに考えられます。
僕がおしゃべり広場で一定の成果を残したのも、実は失敗する恐怖がほとんどなかったからだと思ってます。
おしゃべり広場で僕は自分の思想をぶつけまくって、ちゃんと推敲して投稿していました。
時には失敗しそれを受け入れ、かたくなに自説にこだわることなく、ポジティブシンキングを意識してました。

まぁ、ネットだからってのもあって、1浪時代のストレスを吐き出してただけかもしれません。
それでもマジで楽観的になれていたというか。前向きでした。かなり。自分でも信じられないくらい。
それが結果として一定の評価を得たっていう実績につながるんだなーって 思いました。

キャプチャda
現実でもそうです。
僕はなぜひとりぼっちなんだろう、なぜみんなと違う感性で生きているんだろうってずっと悩んでいました。
それってやっぱり、結果ですよね。そうなんだから仕方がない。並の生き方なんてできるわけがない。
逆に周りの人間に無理して合わせようとすると、光るものがなくなるというか。
結果に目を背けるようなかんじですね。

今までの僕はやっぱり、相手がバカで悪いんだとか、理解されない自分が悲劇のヒロインだって思ってました。
でもそれって結果にたいする一種の逃避ですよね。それで満足してたけど、何も変わらなかった。
変わるのは、結果を受け入れることだけです。僕はひとりぼっちでいることを受け入れました。
これは逃げでも妥協でもない。本当に一人が好きなんだっていう自分と向き合えたってことです。

そうすると大学がおもしろく感じる。まわりは友達を作っているけれど、ぼくはそうしない心の余裕がある。
みんな焦って作っているけれど、ぼくはぼっちでもいいやって思えている。
だから冷静になれるし、必要だったら声もかけられるようになった。だって、不安じゃないから。
焦ると人は失敗します。僕自身がそうです。焦ってぼくは大学に落ちました。もう焦ることはしません。

困ったことに焦らない僕には自然と友達ができてしまいます。現実でも、ネットでも。
僕はあまり他人に関心がないのですが、穏やかに話せるようになったのでだいぶネットワークができました。
今でもコミュ障はなくなっていません。ちょっと緊張したり、言葉が変になったりします。
でも失敗を受け入れられる覚悟っていうものがあれば、こんなもの怖くはないんです。
月並みの表現ですが、失敗を恐れずに前に進め。僕の得た答えはたぶんこれだと思います。

やっと平穏が取り戻せたかな。僕は少し安心しました。

キャプチャdas

ぼっちであることに恐怖、ためらい、不安をおぼているみなさん。
僕は、ぼっちであることを受け入れて、楽しんでいます。
ぼっちの負の面も、良い面も受け入れました。
だからぼっちであることへの恐れがなくなりました。

そして友達がいてもいいかなって思えるようになりました。
サークルに入ろうかな? 誰かと会話しようかな? そんな考えが浮かびます。
そして何人か友達もできました。あんまりあわないけれど。

こんなかんじです。
人生が充実しています。

だから みなさんも、がんばって生きてください。

ぼくの忘備録 - 2015.04.05 Sun

キャプチャ

4がつ 4にち (どようび)

ぼくは きょう たのしいことが たくさんありました
メイプルストーリー で ともだちと あそんで みんなと わいわい やりました

キャプチャf

みんなで アバターを くらべっこして いちばんかっこいいこを えらびました
ぼくは そのなかで 手毬まりんという キャラクターの しんさいんしょうを もらいました
そこで ぼくは めずらしい アバターを もらいました うれしかったです

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そのあと 汝は人狼なりや という せんりゃくゲームで ともだちとあそびました
ぼくは その うんえいをして いっしょうけんめいにがんばりました
なのでみんなは とてもまんぞくして かえっていきました

aaaae.png

こんなかおのこが いっしょに さんかしてくれました
めずらしいかおなので いっしょにきねんさつえいをしました
ぼくは こんなにともだちにめぐまれて うれしいです


げんじつせかいで ぼくはともだちが できないんじゃないかなって おもってました
にんげんがこわかったからです
でも かれらをみていると そんななやみは たいしたことのないことだと つうかんさせられます
ぼくは にんげんをこわがるあまり やさしいにんげんをしんじられなくなっていただけでした

でも
よのなかには いいこが たくさんいるんだなって さいごにおもいました

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Author:呪毛無
冒険家弓使い メイプル歴8年

Twitter: 呪毛無@MapleStory_Unko

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